上杉氏家中:諸国衆御太刀之次第写

諸国衆御太刀之次第写

 「諸国衆御太刀之次第写」は、永禄初年頃の上杉氏靡下の構成を知ることの出来る史料として重要です。

史料の冒頭には、「永禄二年ニハ、屋形様御上洛、御下向之上、関(管)領ニ就被為定御祝儀有リ」とあることから、永禄2年の長尾景虎(上杉謙信)の上洛帰国後に諸将が太刀を献上して上洛を祝ったとされています。

諸将は「侍衆」と「御馬廻年寄分之衆」とに区別され、さらに太刀を景虎(謙信)に献上する方法が「直太刀」と「披露太刀」に分けられています。「直太刀」は古志長尾氏(上杉景信)・桃井氏・三本寺氏の上杉一門にしか許されず、彼らの家格は非常に高いことがうかがえます。
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 それ以外の侍衆は披露太刀であり、越後北部(揚北)の中条氏や本庄氏という有力領主から始まり、越後国内の国衆が名を連ねています。

11月1日に披露されたのは、いすれも入道であることが注目されます。なかには上条氏や山浦氏という上杉一門がおり、譜代の直江氏もみえています。

武将名 衆区分 献上形態 献上日
越ノ十郎殿 侍衆 直太刀 十月二十八日
桃井殿
山本寺殿
中条殿 披露太刀
本庄弥次良殿
本庄殿
石川殿
色部殿
千坂殿
長尾越前殿
斎藤下野殿
毛利弥九良殿
長尾遠江守殿
柿崎和泉殿
びわ嶋殿
長尾源五良殿
にい津殿
加地殿
新発田尾張守殿
竹俣殿
大川殿
長尾右衛門殿
相川殿
仁科清蔵殿
平賀殿
安田新八良殿
竹俣平太良殿
吉江殿
甘糟近江守殿
水原小太良殿
下条殿
大関殿
荒川殿
唐崎殿
桐沢殿
おぢや殿
大崎殿
有留弥七良殿
長能登守殿
計見出雲守殿
野路弥左衛門殿
計見与十良殿
毛利丹後守殿
長井丹波守殿
村山平次良殿
松川弥三良殿
大崎九良左衛門殿
上条入道殿 十一月一日
山浦入道殿
直江入道殿
大国入道殿
山岸入道殿
小島入道殿
若林方 御馬廻年寄分之衆
山村方
諏訪方
山吉方
相浦方
松本方
荻田方
庄田方


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